日本ゲノム編集学会

メルマガ12号(2020年6月26日配信)

「ゲノム編集技術を用いた非ヒト霊長類モデル動物の作製の現状と課題」依馬 正次先生(滋賀医科大学)

ゲノム編集技術を用いた非ヒト霊長類モデル動物の作製の現状と課題

滋賀医科大学、動物生命科学研究センター 教授
依馬 正次

なぜ非ヒト霊長類モデルが必要なのか?
 これまでマウスに代表されるげっ歯類がヒト疾患モデル動物の第一選択肢として確固たる位置を占めてきた。理由として、解剖学的・生理学的にヒトに類似していること、遺伝的背景が同一である純系が存在すること、小型で繁殖性が高いこと、遺伝子改変が比較的容易であることが挙げられる。一方で、マウスには存在しないヒト遺伝子が相当数存在することが認識されている。例えば、マウスの遺伝子数が48,709であるのに対してヒトは58,037と約1万多いことが報告されている1)。特にlong noncoding (lnc) RNAの差は大きく、マウス13,904、ヒト27,692であり、2者間のオルソログは800から2,700程度であり、大部分は対応付けが困難である1)。オルソログと考えられる遺伝子でも、発現する組織が異なることもあり、機能的同一性が不明である遺伝子も多い1)。またパーキンソン病のようにモデルマウスがヒトと同じ病態を示さない事例が多く報告されるようになっている2) 。このようなことから、よりヒトに近い実験動物である非ヒト霊長類における遺伝子改変疾患モデル動物の開発が待たれていた。

遺伝子改変非ヒト霊長類モデルの開発—発生工学上の特殊性
 遺伝子改変マウスの報告は1976年の論文に遡ることができるが、非ヒト霊長類の遺伝子改変は、マウスに遅れること20余年、2001年に外来遺伝子を運ぶトランスジェニックアカゲザル、カニクイザルの作製が2つのグループから報告されたことに始まる3) 4)。両グループともウイルスベクターを用いた理由は、受精卵の前核にDNA断片をインジェクションするげっ歯類で頻用される方法では作製効率が数%から数十%と低いことが想定されたため、ウイルス粒子を透明体と卵の隙間である囲卵腔に導入することで100%近い効率で受精卵を感染させる方法が用いられた。その後2008年にハンチントン舞踏病モデルザルが報告された5) 。2009年には新世界ザルに属し、小型で繁殖能力が高いマーモセットを用いてトランスジェニックザルが作出され、次世代に遺伝的形質が受け継がれることが霊長類モデルで初めて証明された6) 。我々は実中研の佐々木らとの共同研究により、先ず全身性にGFPを発現するトランスジェニックカニクイザルを作製する技術を確立した7) 。この技術を用いることで、家族性アルツハイマー型認知症で認められる変異を導入したアミロイドβ前駆体タンパク質を発現するトランスジェニックカニクイザルを作製した8)。今後、ヒトのアルツハイマー病と同様に、老人斑の出現から神経原繊維化の形成、神経細胞死へ進展し、認知症を発症するかどうかをこのモデルで確認する必要があるものの、アルツハイマー病の発症メカニズムを解明し、治療法の開発に役立つことが期待される。

ゲノム編集技術を用いた非ヒト霊長類モデルの開発
 2012年のCRISPR/Cas9の登場によって、それまでの胚性幹(ES)細胞経由の個体作出の流れは一変し、受精卵ゲノムを直接遺伝子操作することでノックアウト(KO)動物を簡便に作出する事が可能となった。2014年にはアカゲザルやカニクイザルの受精卵でもCRISPR/Cas9や転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼを用いたゲノム編集が可能であることが報告されたが、生まれた個体は高いモザイク性を呈していた9)10)。2016年にはIL2受容体共通ガンマ鎖のゲノム編集がマーモセットで行われ、初期胚を構成する割球レベルでKOになっていることが示された11)。IL2受容体共通ガンマ鎖は細胞性免疫に関与し、ヒトで欠損すると重篤な免疫不全であるX連鎖型重症複合免疫不全症を発症するが、KO個体ではその病態を忠実に再現することが示された。2018年にはカニクイザルにおいて長寿関連遺伝子SIRT6がKOされ、出生直後に重度の発育不全を呈し、致死となることが報告された12)。KOマウスが出生直後から早老症の表現型を呈する一方、KOカニクイザルの出生直後の脳は胎生3ヶ月頃と遺伝子発現プロファイル上は類似していたことから、霊長類特有の機能的役割があることが示唆された12)。2019年Yangらは、自閉症の原因遺伝子の一つであるSHANK3をKOしたところ、ヒト自閉症の症状を再現することに成功した13)。
ヒト指定難病の一つである常染色体性多発性嚢胞腎は、PKD1遺伝子をヘテロ欠損すると発症し、両側腎臓に多数の嚢胞が進行性に発生・増大する最も頻度の高い遺伝性嚢胞性腎疾患である。これまでのマウスを用いた研究から、Pkd1ヘテロ欠損マウスは殆ど嚢胞を発生しないため、Pkd1両側アリルへのヌル変異の導入によって嚢胞を発生させるモデルが使われてきた。我々は、カニクイザルPKD1エクソン4に1塩基多型が産地によって存在することを見出し、片側アリルのみを認識するgRNAを設計、効率的に切断することで、選択的にPKD1ヘテロ体を作出することに成功した14) 。得られたPKD1ヘテロ体の両側の腎に嚢胞の発生を認めるとともに、主として皮質に多発すること、遠位尿細管由来であることが示された。このような遺伝子改変カニクイザルを用いた疾患研究から、霊長類特有の嚢胞発生機序が判明し、根本的な治療法の開発に繋がっていくことが期待される。

おわりに — 今後の課題
最近の研究により、ヒトの初期発生の分子機構さえ、げっ歯類と大きく異なることが報告されつつあることから15)、今後遺伝子改変非ヒト霊長類を用いて霊長類特有の発生制御機構を明らかになっていくものと考えられる。一方、類人猿特異的遺伝子やヒト特異的遺伝子も報告されていることから、マーモセットやカニクイザルにも動物モデルとしての限界・課題が存在することは明らかであり、今後はヒトiPS細胞を用いたオルガノイド研究との併用などが重要になってくると思われる。

参考文献
1) Breschi et al., Comparative transcriptomics in human and mouse. Nat Rev Genet 2017; 18:425–440.
2) Gautier et al., Loss of PINK1 causes mitochondrial functional defects and increased sensitivity to oxidative stress. Proc Natl Acad Sci U S A 2008; 105:11364–9.
3) Chan et al., Transgenic monkeys produced by retroviral gene transfer into mature oocytes. Science 2001; 291:309–12.
4) Wolfgang et al., Rhesus monkey placental transgene expression after lentiviral gene transfer into preimplantation embryos. Proc Natl Acad Sci U S A 2001; 98:10728–32.
5) Yang et al., Towards a transgenic model of Huntington’s disease in a non-human primate. Nature 2008; 453:921–4.
6) Sasaki et al., Generation of transgenic non-human primates with germline transmission. Nature 2009; 459:523–7.
7) Seita et al., Generation of transgenic cynomolgus monkeys that express green fluorescent protein throughout the whole body. Sci Rep 2016; 6:24868.
8) Seita et al., Generation of Transgenic Cynomolgus Monkeys Overexpressing the Gene for Amyloid-β Precursor Protein. J Alzheimers Dis. 2020 Mar 30. doi: 10.3233/JAD-191081.
9) Niu et al., Generation of Gene-Modified Cynomolgus Monkey via Cas9/RNA-mediated Gene Targeting in One-Cell Embryos. Cell 2014; 156(4):836-43.
10) Liu et al., TALEN-mediated Gene Mutagenesis in Rhesus and Cynomolgus Monkeys. Cell Stem Cell 2014; 14(3):323-328.
11) Sato et al., Generation of a Nonhuman Primate Model of Severe Combined Immunodeficiency Using Highly Efficient Genome Editing. Cell Stem Cell. 2016; 19(1):127-38.
12) Zhang et al., SIRT6 Deficiency Results in Developmental Retardation in Cynomolgus Monkeys. Nature 2018; 560(7720):661-665
13) Zhou et al., Atypical Behaviour and Connectivity in SHANK3-mutant Macaques. Nature 2019; 570(7761):326-331.
14) Tsukiyama et al., Monkeys mutant for PKD1 recapitulate human autosomal dominant polycystic kidney disease. Nat Commun 2019, 10:5517.
15) Rossant J and Tam PPL. New Insights into Early Human Development: Lessons for Stem Cell Derivation and Differentiation. Cell Stem Cell 2017;20(1): 18–28.

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