倉田哲也1、中村崇裕1,2
1エディットフォース株式会社
2九州大学・農学研究院 植物分子機能学
Zinc-finger nuclease(ZFN)、TALENと経て、CRIPSR/Cas9へとより一般化してきたゲノム編集技術は、現状においても技術進展は鈍化することなく、多様なアプリケーションに対応すべく進化し続けている。今回のメールマガジンにおいては、ここ数年に進展した内容についての概要を1)核酸認識の改良、2)様々な用途に応じたアプリケーションの開発、および3)産業・応用展開の動向に関して述べたいと思う。
1)核酸認識の改良についてだが、現在主流となっているCRSIPR/Cas9についてのものがほとんどであり、PAM配列の制約の解除、OFFターゲットの軽減、小型化、に焦点が当てられている1,2,3。一方、ゲノムを構成するDNA以外にRNAに対して作用するCRISPRの展開は、本技術の今後の広がりを示しているものと考えられる。Zhangらのグループによってグラム陰性桿菌Leptotrichia wadeiから発見されたRNAを認識し、切断を行うタイプのCasエフェクターLwaCad13aは、shRNAと比べ特異性が高く、動植物細胞でも機能することが明らかにされた4。この報告では、RNA-タンパク質複合体を利用した認識モジュールが核酸成分単体のもの(ASO)よりRNA編集にも優れていることを示している4。また、Liuらのグループによって見出された新規の塩基置換型の編集を話題にあげたい。既に、デアミナーゼ反応を介したシトシンからチミンへのC-to-U塩基編集モジュールの報告があるが5,6、同様なデアミナーゼ反応を用いたアデニンからグアニン(A-to-G)塩基編集モジュールが開発された7。この技術を作り上げる為に大腸菌由来のtRNAアデニンデアミナーゼを出発材料にし、7ラウンドに及ぶ変異創出技法により、徹底したアミノ酸置換による有用なA-to-G塩基編集モジュールを作出した7。すでに開発されていたC-to-U型塩基編集モジュールに加えて、より多様で緻密なゲノム編集を今後行える道を拓いたと考えられる。
2) 様々な用途に応じたアプリケーションの開発に関連して、様々な用途に応じたエフェクターとの組み合わせや、ハイスループットスクリーニングの報告が、ここ数年、多く見られている。その中でも、塩基配列の変化を伴わない、転写やエピゲノムレベルの操作に関する手法は、従来型のゲノム編集を補うどころか、異なるベクトルでの応用展開の可能性を持っている。Zhangらのグループは、既報のCRISPR/Cas9と転写アクチベーターとの融合による、遺伝子特異的転写増幅系の改良を行い、ゲノムワイドスクリーニングによって薬剤耐性遺伝子の同定を行った8。主要な改良点は、転写アクチベーターを触媒機能欠損型Cas9 (dCas9)の立体構造に基づき、追加・改変した点である8。この系は、遺伝子の機能喪失によるゲノム編集とは異なり、ゲノム上の遺伝子の機能増強・付加を転写増幅によって行える点で魅力的である。
また、クロマチン環境を変化させることで、遺伝子発現を操作するエピゲノムエフェクターを利用した研究にも進展が見られている。DNAを構成するシトシンのピリミジン環の5番目の炭素がメチル化修飾を受けることで、転写が抑制されることが知られている。DNAのメチル化に関わる因子として報告されているDNA methyltransferase 3a (Dnmt3a)をdCas9に融合させたものを発現させた動物培養細胞において標的DNA配列近傍で特異的にシトシンのメチル化が上昇することが報告された9,10。また、この反応とは逆のメチル化シトシンの脱メチル化を触媒する酵素TETをdCas9に融合した場合においては、予想通り標的配列特異的な脱メチル化が引き起こされた9,11。このように、クロマチン関連因子との融合により、より高次なクロマチン環境をゲノム編集ツールにより変化させることも可能となってきた。今後も、特異性や作動性の高いエピゲノムエフェクターによるゲノム及びゲノム機能の編集技術のアプリケーション拡大が予想される。
最後に、3)産業・応用展開の動向について、いくつかのトピックスをもとに述べてみたい。ゲノム編集の応用展開が最も活発に行われているのは疾患治療での利用であり、HIV感染に関わる免疫T細胞におけるCCR5を標的としたZincフィンガーに端を発し12、取り出した細胞(ex vivo)におけるT細胞をがん細胞特異的にアタックできるCAR-T細胞療法においても、安定的な供給を可能にする他家CAR-T細胞の作成にゲノム編集ツールが利用されており、一部は臨床応用の段階に至っている13。
また、ゲノム編集を生体に直接適用しようとするin vivo治療においては、神経系、筋肉、目、肝臓や心臓などの臓器に関する疾患を標的とした研究がゲノム編集技術のin vivo治療に必須なデリバリーシステムの開発とCRISPR/Cas9技術の改良とが並行して進められている。これらの臓器へのデリバリーとしては、安全性が担保されているアデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus: AAV)のシステムが活用されている場合が多い14。このような直接的な治療目的以外でも、疾患モデル細胞や動物の作出などの創薬支援の領域でもゲノム編集技術が大きく貢献しており、今後も大きく発展すると考えられる。
産業・応用展開という意味では、食糧・環境問題の克服や循環型生産システムの構築を目的としたエネルギーや食料もその範疇にある。化石燃料の枯渇により、ここ10年程、バイオエネルギーの利用が盛んに研究されているが、なかでも、藻類や細菌を利用した燃料(もしくは原材料)の高生産株の創出にもゲノム編集技術が用いられている15,16。この分野では既存燃料との比較コストに見合う実用化が非常に重要な課題であり、技術革新が望まれる。また、食料の増産で用いられる育種技術においては、旧来の方法だと数年単位の期間がかかり、また、複合的遺伝形質を扱う場合、長期間かつ煩雑な交雑育種にならざるを得ない。最近、この問題に関しても、CRISPR/Cas9によるトマトを用いた収量増産の実証実験がなされ、有用性が示されており17、ゲノム編集技術の適用が期待されている。
ゲノム編集技術の規制が未だ定まっていないが、2018年1月に欧州連合裁判所からは外来核酸を生物に導入しないゲノム編集作物は、遺伝子組換え作物の範疇に含まれない旨の意見が述べられており、2018年中に我が国でも大きな動きが予想される。遺伝子組換え作物に関する規制、消費者需要などの諸問題をクリアするためには、消費者利益を訴求するゲノム編集プロダクトの導出、および最終産物には外来遺伝子を含まないことが重要なポイントとなるだろう。
以上、近年のゲノム編集に関する動向を述べてきたが、この技術は、まさに黎明期を抜け、技術の成熟に向けた発展期を迎えており、次々と新技術が生まれており、状況のキャッチアップも、しばらくは更新を短期間に行う必要がありそうである。
参考論文
1. Kleinstiver et al., Engineered CRISPR-Cas9 nucleases with altered PAM specificities. Nature 523:481-485 (2015)
2. Casini et al., A highly specific spCas9 variant is identified by in vivo screening in yeast. Nat Biotechnol., Advanced on line (2018)
3. Ran et al., In vivo genome editing using Staphylococcus aureus Cas9. Nature 520:186-191 (2015)
4. Abudayyeh et al., RNA targeting with CRISPR-Cas13. Nature 550:280-284 (2017)
5. Komor et al., Programmable editing of a target base in genomic DNA without double-stranded DNA cleavage. Nature 533:420-424 (2016)
6. Nishida et al., Targeted nucleotide editing using hybrid prokaryotic and vertebrate adaptive immune systems. Science 353, aaf8729 (2016)
7. Gaudelli et al., Programmable base editing of A?T to G?C in genomic DNA without DNA cleavage. Nature 551:464-471 (2017)
8. Konermann et al., Genome-scale transcriptional activation by an engineered CRISPR-Cas9 complex. Nature 517: 583-588 (2014)
9. Liu et al., Editing DNA Methylation in the Mammalian Genome. Cell 167: 233-247 (2016)
10. Stepper et al., Efficient targeted DNA methylation with chimeric dCas9-Dnmt3a-Dnmt3L methyltransferase. Nucleic Acids Res. 45: 1703-1713 (2017)
11. Morita et al., Targeted DNA demethylation in vivo using dCas9-peptide repeat and scFv-TET1 catalytic domain fusions. Nat Biotechnol. 34: 1060-1065 (2016)
12. Perez et al., Establishment of HIV-1 resistance in CD4+ T cells by genome editing using zinc finger nucleases. Nat Biotechnol. 26: 808-816 (2008)
13. Ren et al., Multiplex Genome Editing to Generate Universal CAR T Cells Resistant to PD1 Inhibition. Clin. Cancer Res. 23: 2255-66 (2016)
14. Lau and Suh, In vivo genome editing in animals using AAV-CRISPR system: applications to translational research of human disease. F1000Res. 6:2153 (2917)
15. Ajjawi et al., Lipid production in Nannochloropsis gaditana is doubled by decreasing expression of a single transcriptional regulator. Nat Biotechnol. 35:647-652 (2017)
16. Wang et al., Genome Editing in Clostridium saccharoperbutylacetonicum N1-4 with the CRISPR-Cas9 System. Appl Environ Microbiol 83: e00233-17 (2017)
17. Rodriguez-Leal et al., Engineering Quantitative Trait Variation for Crop Improvement by Genome Editing. Cell 171: 470-480 (2017)