日本ゲノム編集学会

メルマガ9号(2019年6月27日配信)

「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター開発の軌跡―臨床応用の過程とその未来」村松慎一先生

「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター開発の軌跡―臨床応用の過程とその未来」

自治医科大学 神経遺伝子治療部門 特命教授
東京大学医科学研究所 遺伝子・細胞治療センター 客員教授
(株)遺伝子治療研究所 取締役
村松 慎一

ウイルスベクターでの遺伝子治療について

ウイルスベクターでの遺伝子治療の手法は大きく分けると2つあります。一つがex vivoで、体外に細胞を取り出し、培養環境下で遺伝子導入した細胞を再度体に戻す方法です。もう一つがin vivoで、ウイルスベクターを直接体に投与して遺伝子導入するものです。
夢の治療として期待された遺伝子治療が最初に実施されたのは、1990年に米国のアメリカ国立衛生研究所で行われた重症複合免疫不全症(SCID)の治療です。これはex vivoで実施されたもので、体外に取り出したリンパ球にレトロウイルスでアデノシンデアミナーゼ(ADA)の遺伝子を導入しました。結果は悪くないものでしたが、稀な病気なこともあり、なかなか普及はしませんでした。当時、レトロウイルスやアデノウイルスに由来するベクターが主流でしたが、それらは神経疾患などには適応がありません。また、難治の癌に対してよい結果がすぐには得られなかったことも発展しなかった要因と考えられます。その様な状況のなか、1999年にGelsinger事件(投与したアデノウイルスに対する強い免疫反応が起きて、治験の被験者が全身性炎症性反応症候群で亡くなった事件)が起こりました。また、レトロウイルスベクターによる免疫不全症症の遺伝子治療では、投与された一部の患者の方が白血病を発症しました。これはレトロウイルスベクターの染色体への挿入によりLMO2という遺伝子が活性化したことが原因と考えられています。
以上の様な経緯から遺伝子治療はそこまでよい治療法でなくむしろ危険性があるものだとみなされてしまい、長い冬の時代に突入しました。
しかし、その間も地道に基礎研究が進展し、レトロウイルスベクターと比べると発癌リスクが低いレンチウイルスベクター、そしてアデノ随伴ウイルスベクターが登場してきました。

アデノ随伴ウイルス(AAV)の発見と研究の発展
アデノ随伴ウイルスそのものは1965年に電子顕微鏡の観察により発見されました。すぐに非病原性であることが判明し、臨床ウイルス学的な興味が失われて、注目されませんでした。AAVのゲノムDNAの全長は1983年に解読され、4.7 kb程度の一本鎖のDNAと非常に小さいものでした。ウイルスが発見されてから全ゲノム配列が決定されるまでに18年もかかっていますが、その後も、しばらくAAVは研究対象として日が当たらず、ほとんど研究が進みませんでした。1980年代のウイルス研究の花形はHIVでした。
私がNIHに留学した1995年は2型のAAVしかゲノム構造が分かっていませんでした。私はそこで、3型のAAVをクローニングし、1996年に論文を発表しました。その後に1、4 、5、6型のAAV のゲノム構造が同定されました。2000年代に入ってAAVベクターが遺伝子治療に使用できそうだという機運が高まり、様々な霊長類から100種類程度のAAVが分離され、その中の8型や9型が今までのものよりも格段によい効率で遺伝子導入できることが分かってきました。当時、スタンフォード大にいた中井浩之先生が血友病の遺伝子治療を目指して、8型のAAVベクターをマウスの尾静脈から導入したところ、肝臓でほぼ100%の遺伝子導入が観察されました。私がそのマウスの脳を観てみたら、神経細胞にもベクターが導入されていることが分かりました。そこで、この時は血友病を治療するためのベクターが脳にも導入される危険性があるという趣旨の論文を発表しました。この論文をきっかけとして、8型のAAVが血液脳関門を通過するという話になり、その後、9型のAAVは更に脳に入りやすいことが分かりました。一躍、AAVベクターが脚光を浴びることになったのです。
いまでは、血友病、AADC欠損症、パーキンソン病、網膜色素変性症、脊髄性筋萎縮症などに対する遺伝子治療の成功報告が相次いでいます。

AAVベクターを用いた遺伝子治療の今後
治療成功の流れを受け、最近では海外の大手製薬メーカーがAAVベクターを専門とするベンチャー企業を数十億ドルで購入するなど、AAVベクターを用いた遺伝子治療は大変な注目を集めています。また、脳への遺伝子導入に効果的な9型のAAVベクターの特許権が数年後に存続期間が満了することもこの流れに拍車をかけています。
現在はサイエンスの部分よりもビジネスの部分の話が多くなってきています。開発の順番も患者数で決まることがあり、知財の保護を優先して学会でも最新の知見があまり発表されなくなってきました。基礎と応用のはざまにあり純粋な基礎研究の方法では通用しないところも出てきました。本当の意味でのブレイクスルーは基礎研究にあるとは思いますが、多額の資金を基盤としてブルドーザー的に開発研究を進め、良いものを特許で押さえてしまうという現実があります。海外では多くのベンチャーが設立され、豊富な資金を提供する投資家がいます。米国では100億円規模の投資がAAVベクターを用いた遺伝子治療で実施されています。日本では、よい技術を持っていても産業化面では出遅れており、その意味で危機的な状況にあると考えています。また、国内にはAAVベクターを製造できるところがほとんどありません。やむなく、私は、自分でAAVベクターによる遺伝子治療ためのベンチャー企業を立ち上げました。
現在、AMEDからサポートを得て、他の治療法がほとんどない筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する遺伝子治療の治験を予定しています。パーキンソン病の遺伝子治療では、既に臨床研究を2回実施していて確実な成果が期待できるのですが、それより先に、病態的に難しいALSの治験を実施することは、企業の開発戦略としては正解ではないかもしれません。しかし、人道的に大変重要なことです。私は、現在でも臨床の現場にいます。患者さんと直接、相対していると、お金が儲かる疾患だけを標的にするのでなく、治療法がほとんどない病を患った方を救いたいという気持ちになります。この様な浪花節的な考え方が海外に対抗するための日本のオリジナリティーになるのかもしれません。

1: Muramatsu S et al, Virology. 221:208-17. 1996.
2: Nakai H et al, J Virol. 79(1):214-24. 2005.

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