日本ゲノム編集学会

メルマガ10号(2019年12月19日配信)

「ゲノム編集と生細胞イメージング技術による1細胞・1分子生物学の発展」落合 博先生(広島大学)

ゲノム編集と生細胞イメージング技術による1細胞・1分子生物学の発展

広島大学大学院統合生命科学研究科 講師
落合 博

タンパク質の発現、局在の定量解析
近年の計算機能力の向上および顕微鏡関連技術の発展により、1細胞レベルでのレポータータンパク質発現動態や1分子レベルの細胞内分子動態の定量が比較的容易に実施可能となってきました。これにより、細胞間の不均一性や、細胞内特定分子の局在-量的変化等、生化学的解析では解明不能な側面を明らかにすることが可能となりました。特に緑色蛍光タンパク質 (GFP) の登場が上記解析法の発展に大きく貢献したと言えます。当初は、特定タンパク質の細胞内動態を調べるために、当該タンパク質とGFPの融合タンパク質を外来的に発現させる手法が一般的でした。しかし、多くの場合は本法で標的タンパク質の時空間動態を推察することは可能でしたが、過剰に発現させる影響で、内在タンパク質とは異なる細胞内局在を示すこともあり、正確な動態把握が難しいケースがあります。また、特定遺伝子発現量を生体内で可視化するために、特定遺伝子のプロモーター領域を含むGFPやルシフェラーゼ等のレポーター遺伝子を標的個体のゲノムDNAへランダムに導入し、レポーター発現パターンから、標的遺伝子の時空間発現動態を推察する手法が多用されてきました。ただし本方法でも、使用するプロモーター領域が内在遺伝子の発現を完全に再現するには不十分であったり、レポーターカセットが挿入されたゲノム領域から影響をうけたりすることもあるなどの問題がありました。
一方で、2010年のTALENの登場、2013年のCRISPR-Cas9のゲノム編集への応用が報告されてから、多くの研究者が容易に標的ゲノム配列を改変することが可能となりました。これにより、標的遺伝子にGFP等のレポーター遺伝子をノックインし、細胞周期によって発現量が変化するタンパク質や、発現量が低く抑えられているタンパク質の正確な時空間局在動態を解明することが可能となりました (1, 2)。また、近年のHi-C技術によって多くの遺伝子が遠方ゲノム領域と相互作用し、組織特異的な発現が制御されていることがわかってきています。このため、特定遺伝子領域に直接レポーター遺伝子を挿入することで、内在遺伝子の正確な時空間発現動態の可視化が可能となりました。

特定遺伝子領域の可視化技術
一方で、ゲノム編集ツールによる「ハサミ」の機能を欠失させ、DNA結合能のみを利用することで、特定ゲノムDNA領域を可視化できるZinc-Finger (ZF) やtranscriptional activator-like effector (TALE) に蛍光タンパク質を融合させてゲノム中のリピート配列の細胞核内局在の可視化が報告されていましたが、多数の標的配列を認識する複数のZFまたはTALEが必要なため、非リピート配列を標識することは困難とされていました。一方、Cas9はシングルガイドRNA (sgRNA) を多数用意することで、容易に複数配列を標的とすることが可能です。そのため、DNA切断能を欠いたCas9 (dCas9) と蛍光タンパク質 (FP) を融合させたdCas9-FPと40種類程度のsgRNAを利用することで、非リピート配列の蛍光標識が2013年に初めて報告されました (3)。また、一般的に使用されているStreptococcus pyogenes (Sp) 由来のdCas9に加え、Neisseria meningitidis (Nm)やStreptococcus thermophilus (St1) のdCas9/sgRNAを併用したり (4)、MS2/PP7等のRNA結合タンパク質を併用したりすることで (5)、複数のゲノム領域を多色で蛍光標識することも可能となりました。

特定遺伝子の転写、調節因子の動態
細胞は、同一ゲノムを持ち、ほぼ同一の環境にいたとしても、比較的大きな遺伝子発現量の多様性を示すことがあります。そういった多様性は単細胞生物では形質的多様性を誘導し、急激な環境変化に対する適応性を高めるために利用されていると考えられています。一方で、多細胞生物でも、細胞分化前に一過的な遺伝子発現量の多様性が誘導され、細胞運命の決定に利用されることがあります。その一例として、マウスの初期発生過程における内部細胞塊の細胞運命決定が挙げられます。内部細胞塊細胞と比較的近い細胞状態のマウス胚性幹 (ES) 細胞では、本来の発生過程で生じるはずの分化が誘導されませんが、分化しようとする細胞と多能性を維持しようとする細胞が出現し、細胞間で状態 (遺伝子発現) の大きな多様性が認められます。その発現量多様性の一例として、多能性維持に重要な転写因子NANOGが挙げられます。
我々は、マウスES細胞におけるNANOG発現量の多様性の分子機構を調べる目的で、マウスES細胞のNanog遺伝子領域にMS2システムをゲノム編集技術で目的遺伝子領域にノックインし、内在遺伝子の転写動態を定量してきました (6)。そして本遺伝子が、転写の盛んな時期と不活性な時期を確率的に切り替える転写様式 (転写バースト) を示すことを明らかにし、それが発現量多様性の一因であることを示しました。また、dCas9による遺伝子領域の可視化技術を組み合わせて、転写時および非転写時における遺伝子領域の核内動態を調べたところ、非転写時に核内流動性が顕著に上昇することがわかりました (7)。Nanogプロモーター領域は上流および下流30Mbに渡る範囲で複数の領域と相互作用し、これらとNanog領域がコンパクトなクラスターを形成していることが示唆されています (8)。これらエンハンサークラスターには転写因子や転写補因子が集まり、転写しやすい環境を提供していると考えられます。そこで我々は、MS2をNanog領域にノックインしたマウスES細胞株で転写を可視化しつつ、内在のRNA Pol II、転写因子SOX2、転写補因子BRD4を3D-STED顕微鏡を利用して可視化、結合動態を定量しました。内在のRNA Pol IIや転写因子、補因子の濃度は数µM程度あり、通常の共焦点顕微鏡による最小の励起光体積では目的の遺伝子領域以外に存在する非結合分子も検出してしまうため、目的遺伝子領域における結合動態を調べることは困難です。一方で3D-STEDは励起された領域の外側にSTED光をあてて蛍光を発することなく基底状態に戻すことで、蛍光を発する領域を極めて小さくすることができます。これにより、標的遺伝子領域における特定因子の結合動態を定量可能となります。本技術によって、Nanog遺伝子座近傍でRNA Pol II、SOX2およびBRD4がクラスターを形成しており、特にBRD4クラスター内のBRD4数とNanogの転写頻度に高い相関が認められました。ChIP-seq解析からNanogエンハンサークラスターにBRD4が局在していることから、転写に適した環境のエンハンサークラスターとNanogが相互作用しているときは安定的な転写を示し、相互作用していない場合は転写が起きず、かつ高い核内流動性を示していると考えられます。こういった一連の解析結果はChIP解析等の生化学的手法のみからは決して得ることができません。今後ゲノム編集-イメージング技術を併用することで、1細胞-1分子レベルでの詳細な現象解明が期待されます。特に、最近ではRNA認識型CRISPRのCas13を利用することで、MS2などをノックインせずに標的RNA分子の可視化が可能であることが示されており (9-11)、今後より広範な現象解明への応用が期待されます。

参考文献
1. Mahen et al., MBC, 2014
2. Doyon et al., Nat Cell Biol, 2011
3. Chen et al., Cell, 2013
4. Ma et al., PNAS, 2015
5. Ma et al., Nat Biotechnol, 2016
6. Ochiai et al., Sci Rep, 2014
7. Ochiai et al., NAR, 2015
8. Shinkai et al., bioRxiv, 2019
9. Abudayyeh et al., Nature, 2017
10. Wang et al., Science, 2019
11. Yang et al., Mol Cell, 2019

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