ゲノム編集トマト苗を家庭菜園向けに配布してみて
サナテックシード株式会社
住吉 美奈子
届出について
サナテックシード株式会社は筑波大学発ベンチャーとして、パイオニアエコサイエンス株式会社(以降PES)のサポートを受け設立されました。今回日本初のゲノム編集食品となった「シシリアンルージュ・ハイギャバ」は、PES社の主力品種であるシシリアンルージュを改良したものです。シシリアンルージュはF1品種なので、その片親の提供を受けて初めて実行可能となります。親系統は種苗会社にとって貴重なものですから、それを提供してもらえたというのは、社会実装に向けての大きな一歩であったと思います。届出を提出したのは、シシリアンルージュの片親に、CRISPR/Cas9を用いてGABA合成酵素の遺伝子に変異を起こしGABA含有量を高めた系統#87-17で、実際に商品化するのは、その交配後代種に当たるもう一方の片親と交配したF1系統です。
我々は届出の前に、厚生労働省医薬・生活衛生局食品基準審査課新開発食品保健対策室と食品安全に関する事前相談、また農林水産省消費・安全局農産安全管理課とは、生物多様性への影響に関する事前相談を行いました。食用としての流通を考えていますが、規格外果実の処理等で飼料利用がある可能性があるため、農林水産省畜水産安全管理課へ飼料利用としても事前相談をしています。各省で新型コロナウイルスへの対応が最優先事項であったため、一度議論が止まってしまったこともあり、事前相談には1年以上かかりました。また届出として提出するデータには基準がなく、それぞれの作物や標的遺伝子による「ケースバイケース」で判断されるため、実用化に向けてスケジュール等も立てづらい面はありますが、多分野の専門家と科学的に議論し判断される過程は、プロジェクトの審査や論文投稿とも似ていると思います。慣れている研究者の方は多いと思うので、この制度に臆することなく、研究成果がどんどん社会に出ていくことを期待しています。
ゲノム編集をより知ってもらうために:家庭菜園用苗の無償配布
既存のトマトのように果実を市場に流通するためには、生産者や流通業者、小売業者等様々なステークホルダーに対し、ゲノム編集作物であることを理解していただくところから始める必要があるため、通常の流通はすぐには行えませんでした。このため、まずは希望される方のみが御自身で食べたい量だけ生産し消費していただくよう、家庭菜園向けに苗を提供することにいたしました。まずは触れていただくことが大切であるため、無償配布という形を取りました。合わせて、疑問に思ったことについてはすぐに解決できるよう、LINEのオープンチャット「育てるひろば」も開設しました。
苗のお申し込みは5000名を超え、重複申込等があり、実際に配布したのは約4,200名ほどです。「育てるひろば」には1,000名を超える方が参加してくださり、連日栽培の様子や収穫したトマト、料理の写真などを送り合っていて、お互いの共感や感動を共有するという大きなコミュニティになっているのを感じます。SNSに投稿してくださっている方もいるので、ぜひご覧になってみてください(#ハイギャバ生活 #シシリアンルージュハイギャバ等)。こちらが配布した説明資料を基に、自分でゲノム編集の説明をしながら知人に自分が育てたトマトをおすそ分けしている方もいるようです。モニターの方々が、ゲノム編集技術の良いコミュニケーターになってくれていると感じています。
今回の無償配布を通じ、「ゲノム編集」が、どこか得体の知れないものというイメージから、新しい品種改良技術に過ぎないということを知ってもらう良いきっかけになっていればうれしく思います。
おわりに — 今後の課題
真の社会実装は、ゲノム編集食品を販売し、会社としてきちんと利益を上げることだと思いますが、ついに今年の9月15日から青果物の販売を始め、その一歩を踏み出しました。
希望者のみが商品にアクセスできるよう加工品や青果物の申込みは自社通販サイト1つに絞り、消費者に直売できる流通経路をとっています。栽培も契約農家のみで行うこととし、トレーサビリティの確保に努めます。またゲノム編集技術で品種改良したものであることや届出を行っていることが分かる表示をしております。
今回モニターに応募された方はもちろんゲノム編集技術で開発されていることをご存知の上応募してくださっていますが、プロジェクトや論文での社会受容についての報告を読むと、まだ「ゲノム編集技術とは何か」「どういった手続きで世に出るのか」ということについてご存知ではない方が半分くらいいらっしゃるようです。そういった方々にも広く知っていただき、不安を解消する努力を続けると共に、まだ不安に思う方がいらっしゃる内は、私たちの方から積極的に、消費者の選択の自由を明確にしたいと考えています。